霊安日記

jf_nights の霊安草子。

202205諏訪旅行 2日目(諏訪)

昨日ブログをかいた後、ずっと目が冴えてて全然眠れなかった。Youtubeをちょっと見たのがダメだったのか、それとも夕方コンビニで買ったリアルゴールド?の新しいエナドリ?が効きすぎたのか、それとも3年ぶりの諏訪の地に血が騒いでいたのか……。

4時くらいまで(寝られないなぁ……)ってずっと布団でぼーっとしたり携帯見たりしていた(それはダメそう)。

たぶん5時くらいに寝落ちして、7時前に起きた。めちゃくちゃ寒くて、霧ヶ峰すご~って思ってた。

朝ごはんは普通だった。8時くらいに食べた。お米とお味噌汁と焼き魚と海苔と納豆と卵焼きとハムとマカロニとキャベツの千切り。こうかくと多そう。
諏訪まで30分くらいだったので、8時半に宿を出発する予定だったけど、もぞもぞしてたら9時になってしまった。

9時半に諏訪市博物館へ。

諏訪に来るたびに来てはいるのだけれど、今回も来てしまった。撮影不可な2階の常設展示でぱしゃぱしゃ写真を撮ってるおじいさんがいた。1階の奥にすわ大昔情報センターという図書室があって、前回までは入らなかった(というかたしかお昼に行ったら休憩時間だった)ところに、今回は勇気を出して入っていった。受け付けにいたおじさんがめっちゃ丁寧に説明してくれた。
藤森栄一という考古学の学者が諏訪にいて、どんな人かはインターネッツに任せるけれど、その人が亡くなってから遺族の方々から蔵書を寄贈されて、その本を人々が読めるようにしてあるという感じだった。お弟子さんの本もあった。
ここの本を読むために諏訪にしばらく住んだ方がよいのでは?と思うくらいたくさん面白そうな本があって、いろいろ流し読んでた。受付のおじさんともちょっとだけお喋りした。
気がついたら11時半前になってて、そろそろ出るか……と思って退館。御柱祭記念一合升とかいうのが売ってたので買ってしまう。

とりあえず目の前にあるので、諏訪大社 上社 本宮へ。

建てたてほやほやの御柱

これは勝手なイメージだけれど、諏訪大社4社の中では一番この本宮が人が多そう。
御朱印をもらいに行ったら、今年は御柱祭特別御朱印だそう。さらに、今年の御柱祭限定御朱印の2000円verと3000円verがあって、限定という言葉に弱すぎる僕はとりあえず2000円verを買ってしまった。4社を全部行って特別御朱印を押してもらうと、記念品がもらえるらしい。ワクワク。

本宮を見終わったら12時を過ぎていて、おなかすきになってきていたので、一度お昼を食べることにした。
前日のうちにご飯を調べていて、上諏訪駅からすぐのとこにあるいずみ屋というところに行った。みそ天麩羅丼みたいなやつを食べて、死ぬほどおいしかった。わかさぎの天麩羅はめちゃくちゃうまい。

道を行って帰ってになって二度手間だったけど、お腹がいっぱいになったので、上社の前宮に行った。
こちらは本宮に比べると少し静かでよい。少し山の中腹みたいな高さにある。もしかしたらもともとはこちらが本体だったのかも?と思わせられる。手を合わせる所の真後ろにそのまま守屋山が見えているし。

今までは行ったことがなかったけど、前宮から山奥へ続いている道を少し登っていった。前宮に「水眼の清流」という水が流れているところがあって、かつては神職の方々がその水で身を清めていたらしいのだけれど、その源流があるらしい。GoogleMapで見ると、「山之神」みたいな名前の神社もあるらしい。10分少々歩いていると、「山之神」という社というか祠があった。


謎は深まるばかりである。


上社を見終わったので、次は下社に行こうと思って北上開始。
途中に神長官守矢資料館があるのでそこへ。
なんか今日は国際文化博物館デーらしいので、入館料が無料だった*1。毎回この壁一面の首にびっくりする。

ミシャグジさまの祠の横の木が、3年前に来たときより少し大きくなっていたような気がして嬉しかった(前は木というよりまだ細い草みたいな感じだったので)。あと、お供え物のところに鹿の角が二本あった。


東側の湖岸通りを北上する。湖のほとりを走るのはいい。途中に間欠泉センターがあるので寄った。平日の昼間だったからかコロナだからか知らないけど、前来たときはちらほら人がいたのが、ほとんど誰もいなくてかなしかった。


この最高の景色(ちょっとまぶしかった)を見ながらアイスを食べてたのだけれど、社会生活に戻れなくなる予感がした。いやもともと社会生活不適合者だけれど……。

後ろを振り返ると、


となった。

夕方になってきたところで、下社 秋宮へ。

出雲大社を想起するのだけれど、何か関係はあるのだろうか。大社前の通りも雰囲気似てるし。
宝物殿チケットを上社で買っていたのに、開いているのが15時までで入れんかった。明日もう一度行かなければいけない。

下社 春宮に着く頃には17時過ぎ。ちょうど入っていく前で社務所の窓を閉めてはった。ので御朱印4社コンプは明日へ持ち越しとなった。残念。

ここまで文章を読んでる人にはわかると思うけど、だいぶかくのが疲れてきた。
晩ご飯は迷った挙句にハルピンラーメンとかいうやつにした。3年前ではなく、6年前に来たときに食べた記憶はある。普通においしかった。

暗くなってきた道を、市街を抜けて霧ヶ峰へ。途中の山道でめちゃくちゃ鹿に会いまくっていた。真っ暗な山道なのでビビりながら低速で走ってたら、(おそらく)地元民ぽい車が後ろについて、めちゃくちゃイライラしてそうな走りをしていたんだけど、途中で僕の前に道路で鹿が2頭突っ立っていたから急ブレーキをかけたら、後ろの車が止まりきれなかったのか対向車線にはみ出していた。もしそのタイミングで対向車が来ていたら、絶対事故っていたと思う(もしかしたら対向車にとっても鹿が見えて止まるかもしれないが)。渋滞中の車列ならともかく、前の車が急ブレーキをかけても対向車線にはみ出さない程度の車間を保って走ってほしい。

20時くらいに宿に帰ってきて部屋に戻るとめちゃくちゃ寒かったので、急いでストーブをつけ、そのままお風呂に入った。今出てきて、暖かい部屋でこのブログをかいている……。1時間以上かかっていて既に足先が冷たくなってしまったので、ここらへんで終わろうと思う。

思ったより今日はゆっくり回ってしまった。まぁ明日も丸一日時間があるので大丈夫だろう。なんならまだどこに行くか決めていない。ぼんやり守屋山とか諏訪湖の西側かなぁとか考えている。今日はめちゃ天気がよかった。明日もいい天気だといいな~~。

また明日。

*1:といってももともと100円なのだけれど

202205諏訪旅行 (自宅~諏訪)

ひさびさにこの画面(編集画面)を開いた。仕事で忙しかったからなぁ~と思って直前の記事を見たら、家に帰ってくるのがたぶん23時でお風呂だけ入って寝て、朝5時出勤してたときの頃のことがかいてあった。あのときはかなりしんどくて、自分ではわからなかったが職場の人には「声がかすれている」と言われていた。

旅行記をつけるのは自分に対する人生の義務なので、余裕がある限りつけていきたい。といっても、今回の旅の直前に行った京都北部~奈良~新宮~潮岬の旅行記は特にかいていないのだけれど。

しばらく仕事が忙しかったのもあり、コロナ禍もありで、去年の10月くらいから(5月は絶対旅行をするぞ)と心に誓っていたのを、今月は実現している。仕事が完全にないわけでもないのだけれど、休んでてもまぁ大丈夫やろ、ということでGW以外に16日~29日まで丸々二週間休みにした。GWは京都北部を中心に旅行していて、今回遠野に行くか諏訪に行くかわりと迷っていたのだけれど、ふとしたタイミングで諏訪を調べたら、今年が御柱祭の年だったということに気がついて、それやったら諏訪に行くしかないやん……と思って旅行を決めた。

久々に電車にも乗ろうかなと思った*1ので、今回は自宅(大阪)→諏訪(塩尻)*2までを電車にして、現地でレンタカーを借り、随所を巡ることにした。

せっかくなので人生でまだ数回しか乗っていない近鉄特急に乗り、名古屋まで行った。予定の電車より一本遅くなってしまっていたので、名古屋で駅弁を買うつもりだったのだけれど、買えなくてしょんぼりしてた。
名古屋からは特急しなのに乗っていた。電車内で電子書籍を読んでいたんだけど、名古屋に着くちょっと前から電車酔いをしたっぽくて、若干気持ち悪く、車窓を眺めるか寝るかであんまり記憶がない。塩尻まで木曽川と一緒に北上していく風景がいいなぁと思ったことだけ覚えている。

塩尻駅が結構よかった。塩尻はワインの地らしく、駅前に大きな樽が置いてあったり、ホーム内に葡萄園があったりした。

塩尻から宿泊先の霧ヶ峰までは高速を使わずに行った。使っても数分しか変わらないとかいてあったので……。途中で道を間違えて30分くらい余計にかかったけれど。
4年前くらいに諏訪旅行に来ていて、その時も今回とは違うけれどすぐ隣にある宿に泊まったらしい。ちなみに霧ヶ峰に泊まった理由は単純にコスパがいいからである。

山道を登っている途中で鹿に出会った。前回来たときも道を横切るのを待っていた記憶があり、もしかしたら出迎えてくれたのかもしれないと勝手に妄想する。

宿に着いて一息つきながらこの文章をかいている。明日以降も元気があったらかく予定ではあるが、どうなるか……。ひとまず朝は諏訪市博物館に行って、いろいろスポットを調べる予定である。

宿の部屋が広かったので、今すぐ来てもらえれば2、3人は寝られるかもしれへん。部屋の暖房がついているのであったかいです。夜はちょっと寒そう。若干床が部屋の真ん中に向かって傾むいているが。ではでは。

*1:普段の旅行は現地までレンタカーで行って、帰りもそのまま車で帰ってくるということをしていて、毎回1000km以上走っているのだけれど、一人でやると疲れたときとかに怖いなと思った。

*2:会社のカードでレンタカーを借りているのだが、諏訪にレンタカー屋が無かった

作曲中しんどいことは2つあって,1つはメロディが思いつかないとき・しっくりこないときで,僕はメロディのために曲をかいているので,このときが一番苦しい。メロディというものは,その人の主張というか,わざわざ声高にして言いたいことを表現していると考えている。曲をという川を渡るときに,まずはメロディが船渡しみたいな感じかなぁ。今適当に思い付いた例えである。

もう1つはメロディはできあがっていて,伴奏やらドラムやらをつけるときで,これは僕の中ではほぼ機械的な作業なのだけど,けっこう手を動かすことが多かったり,一息ではノーツを置けなかったりで,単純に体力としてしんどいというものです。伴奏やらなんやらは,その曲・メロディのためのお膳立てであったり,そのメロディという主張をするための準備やら雰囲気作りみたいな感じかなぁ。

なんでこんなことを書いているかというと,メロディが思いつかなくて四苦八苦していて,いったん曲のことを置いておいて頭の中でもやもやとしていたことを文字として整理したら,突然天からメロディが降ってこないかなぁという希望です。
おいおいメロディは主張と主張しておいてそれかよと思うかもしれませんが(僕はこの文をかきながら自分で思った),冷静に考えると結構天から降ってくるメロディは僕が今まで作ってきた曲の中でもいくつかあって,もともと頭のどこかにあったパーツ同士が知らず知らずのうちにくっついて……というわけでもないし,後から聴いてもどうやって自分がそのメロディを思いついたのか・つくったのか,まったく分からないようなものもあります。
でもそういうもんなのかなぁとも思います。古代の巫女さんも,神託を得て言葉を発しているのか,あるいは自分がこう思うということを言葉で発していたのか,はたまたたまたま自分で思っていたことと神様からの言葉が一致したのかもしれませんし。い

さっきメロディが思いつかなくて……とかきましたが,メインのメロディはある程度置けていて,裏のメロディを置こうとしていて悪戦苦闘しています。裏なので,どうしても目立たないものなのですが,僕は1つのメロディの裏で別の旋律を重ねておくというのがとても好きで,どうしてもやりたくなってしまいます。
で,今ちょうどその裏メロディのターンなのですが,どうしてもメインメロディに寄っていくというか,メインを補完するように置いてしまって,この裏メロディの存在意義を自分に問うて,いやこれでは"メロディ"たりえず,伴奏になってしまうが?と自答し,行き詰まっているわけです。


たぶん1年以上ぶりにちゃんと曲をつくっています。なんか仕事のストレスが溜まってきて閾値を越えると,自分の存在をたしかめるために曲をつくったりします。北海道にいる間はやっぱり気楽だったのだなぁ……。
Unityも少しずつさわっています。えらいね。