霊安日記

jf_nights の霊安草子。

おっpi

高校生くらいまで、所謂「正義感」のような物を持っていた。簡単に言えば
「◯◯は常識的に考えてhogeなのが正しいだろう。fugaな人達は『間違って』いる。hogeが正しい」
みたいな感じだ。それは若気の至りと言えなくはない気もするけれども、この事自体も正しいor間違ってるというよりは単に視野が狭いと言った方がより的確に表せていると思う。

浪人時代は本を読んでいてほとんど他人と関りを持たなかったので↑を思うタイミングも何も無かったのだけれど、大学に入って、特にサークルに入った時に上記の考えがごっそりと吹き飛ばされることになった。
うーん、なんでだろう。価値観の違う人がごっそりといる、と言えばたしかにそれっぽく聴こえはするが、価値観の違う人は過去にもたくさん周りにいたはずで、どっちかというとそういう人たちが存在するということに気がついた、と言った方がいいのかな。今から思い返すと気づくの遅くない?って感じ。

まぁとりあえず、そのへんに気づいてから自分のスタンスは「私はhogeだけど、まぁあなたはfugaなんですね。それ以上・それ以下の評価は何も意味をなさないし、ただそこに在るだけ」という感じになって、「~な感じ」「~な気がする」という表現をかなり多用するようになった。かなり多用する、って大丈夫なんかな。
気が合わない人のことは「音楽性が違う」「違うベクトルを持っている」という表現することにした。気が合わないって言うとちょっと仲悪そうだけど、音楽性が違うって言うとなんかぼんやりして霞に消えていく感じがするでしょ?

ただ、このスタンスには一つ問題点というか弱点?というのがあって、相手が同じスタンスだとお互い「ひょ~」で済むんだけど、相手がこれはこうでしょ~ってタイプだとどうしようもない。相手にとっての対象が自分の場合(そもそも「相手」という表現は自分を対象にとっているのでは?)なら別に「そうですか」と言ってその場を去ればいいのだけれど、例えばhogeさんがfugaさんに対して「おい、piyoはpiyoだろ」と(特に語気を強めて)言っている場合とかにどうしようもない。具体的な例を出すと、これは新勧期とかにとても感じ、遭遇したことなのだけれど、「自分のプロジェクトはこうこうで、それはこういう理由でこうしてるし(実際その理由は非のつけどころのない正論である)、お前らのプロジェクトもこうすべきだし、してないのはクソ」みたいな事案に対して、「そっちはそっちで、こっちはこっちです」とまぁ主張することは出来るんだけど、「あなたはあなただし、私は私だし、それを強制するのはおかしいでしょ」と主張するのは、ともすると無意識にその理論を相手に押しつけるという矛盾……というかジレンマ?みたいなのを抱えてしまうことになる。「あなたはあなた」理論は相手にそれを納得させようとした瞬間に自己中心的なものになってしまう。もちろん加減をすればいいんだけれど、まず相手が納得することを期待出来ない。
新勧の話はある程度サークル全体として動かないといけないことが多くて非常にめんどくさい。

そのへんに気を払っておけば、このスタンスは大抵のことに対してある程度心を落ち着かせることは出来ると思う。WoTで味方がクソっていうのも世の中にはいろんな人間がいるって思っておけば、それ以上は特になんとも思わない。Twitterで無断転載やパクツイ関連のあれそれを目にすることがたまにあるけれど、個人的に思っているのは、たしかに他人の作品を自分のものとして広めるのは最悪だろうし、自分がされたら死ぬほどムカつくだろうし(ただ、僕はまだ他人に認められるような産物が無いので無意識下で承認欲求は満たされるかもしれない)、そもそもすごく虚しくなるとは思うんだけど、その行動に対して「おいそれはアカンやろ!」と過剰?必要以上?に(おそらく)怒ってる人を観てると、「あーインターネットだなぁ」と思う。まぁこの話は「当事者以外の人間があれこれ突っこむのは話がめんどくさくなるだけ」というベクトルの方が大きそうな気はする。

まぁとりあえず言いたいのは「世の中にはいろんな人間がいるんですね」だけですね。この主張はこういうブログとかでひっそり表示するくらいがちょうど良さそう。結構な数の人はこういう考えに至るとは思うんだけど、もっと若い時期に至ってそうだなぁ。
あ、そういやこの後もまた30歳くらいになったら新たなスタンスに移行してるのかどうかもちょっと気になりますね。なんか良さげなスタンスを持ってる人は是非教えてほしい。

こんな記事を書いたけれど、別段なにかあったとかではなくて、ただ日頃からぼやーっと思ってることを書いただけでう。タイトルがそれっぽいでしょ?
勢いでがーっと書いたけれど、だいたいこれで2000字程度らしい。まぁこれくらいの短さでぽやっと書けるくらいのすごくもしょぼくもない普通の話でした。