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霊安日記

jf_nights の霊安草子。

夏休みギラギラ太陽日記 ~ 33日目(遠野之抄 弐日目)

旅行 雑記 遠野

9/7。

つかれた~

7:30

宿を出る。5:30と6:00に目が覚めてたんだけど、眠すぎて寝てた。ここの宿、トイレの照明が自動で点くのはいいとして、便器が人が入ってきたのをどうにかして感知して「ウィ~」って言いながら勝手に開くのにはかなり驚いた。玄関に置いてある大きな古時計が2時間と20分くらい早い。外は雨が降ったような跡があり、自転車もビショビショだったが、朝霧のようなものかもしれない。

9:05

昨日敗北したコンセイサマへ。行ってみると男性のナニが祀られていた。説明文によると、自然をすべて神とするのは古くから広く行われているいたって普通のことらしいので、京都に戻ったら京大の近くのどっかの自然をナニとして祀っておこうかな。隣にある池が静かで綺麗だった。
一通り見終わったので自転車で帰ろうとしていると、トラックに乗ったおじいさんがにこやかに笑いながら入ってきて、一周してそのまま出ていった。たぶんUターンしたんだろうな。自転車で帰ってると、そのおじいさんがトラックを後ろ向きに坂を上っててすごいと思った。
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9:10

昨日コンセイサマへ行く途中で引き返したところにあった石に、昨日の分の礼を言った。ありがとうございました、と言って帰ろうとすると、熟れる前の琵琶の実が上から落ちてきた。横に琵琶の木はあったけど、道路には全然落ちていなかったため、不思議だなと思いつつ、これは持っていけ、ということなのかなと思い自転車の籠に入れた。全身緑色だったけど、落ちて地面にぶつかったところだけ黒くべたべたしていた。
自転車のハンドルに蝶が止まっていて、そろそろ出発したいと言うと飛んでいった。手で払ったりはせず動いていたのは口だけだったため、日本語が分かると見える。
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9:47

佐々木喜善の生家やデンデラ野を置いてさらに上へ行き、奥にある水車へ。この水車はアワやヒエの脱穀の動力として使われていたらしい。僕が着くと同時にガイトさんを付けているであろう観光客が着いたので、ふんふんと言いながら一緒にガイドさんの説明を聞いていた。
遠野には100年前の日本の風景がまだ各地にいくつか残っており、地域の住民たちで出来るだけ保護して残していっているらしい。2~30年前ならこのような水車はそこら中にあった、とのこと。
水車の奥にあった小屋には牛が、地面には蛙がたくさんいた。
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10:00

水車のところからまだ上に道が伸びていたので、せっかくなので上っていくことに。途中からアスファルトから一応砂利で舗装された道に変わる。周りの農家が無くなるところからちょうど山道になっており、どうしようか迷ったものの、今回はまだ一応舗装されていないとも言えなくはないので進むことにする。後ろから車が来たので脇に避けてやりすごしたのだが、なんと鹿児島ナンバーの車だったので驚く。

10:00

自転車を押しながら上っていくと、さっきの鹿児島ナンバーの車が少し広くなっているところに停められている。さっき乗っていた人はもう乗っていなかった。
さらに上っていくと、ニホンジカの集中狩猟中につき普通車輌進入禁止の看板に。あえなく戻ることにする。

10:22

戻る途中、道に沿ってずっと流れていた川に釣り人あり。背格好は人間のようだったが、少しびっくりした。上っているときはいなかったと思うのだが……。

10:53

道もアスファルトになり佐々木家の方に向かっていると、道の途中に名の無き鳥居があった。
f:id:jf712:20140907110647j:plain石碑のようなものも何もない。道が続いていたので行ってみると、田んぼの畦道が交差するところに小さな祠があった。手を合わせる。横を見るとこの先60m薬師堂、とあったので向かうことにする。山道を3分ほど登ったすぐのところに中くらいのお堂があった。左膝の古傷のところががかなり痛い。お参りしてアスファルトのところまで戻ってこのメモを書こうとしたときに、どこかでボールペンを落としたことに気づく。
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11:06

佐々木喜善の生家へ。今でもその子孫の方が生活しておられる。ちょうど家の人が見えたので、外から写真を撮っていいかと訊くと快諾してくれた。柳田国男はここで佐々木氏の話を聞いたのだなぁと打ち震えている。

11:33

さらに下ってデンデラ野に辿り着く。行ってみても森と畑が広がるのみである。
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途中掘建のような小屋があったが中にはいろりがあるのみで誰もいなかった。昔の老人たちはここで静かに死を待って暮していたのか、と思いにふける。家は周りにいくつかあったものの人の気配はまったくなかった(畑がで農作物があったため一応おられるはずだが)。

一つ、まったく何も植えられていない畑があり、見てみると人間のそれではない足跡がいくつも残っていた。おそらく鹿かなにかであろう。それまで圏外だったのが、突然3Gの電波がMAXになり、TwitterもI'm at もサクサクできるようになる。

12:00

デンデラ野から山道(アスファルト)を登り、水公園へ。食堂があったのでひやしとろろそばを食べる。かなりおいしかった。とろろが溶けこんだそばつゆを飲みほすとお碗の底にカッパが描いてある。

12:59

青笹方面へ向かう途中、名の無き鳥居。

13:??

六角牛方面へ進行方向を変更。途中、ミミズ3匹等間隔でがアスファルトに飛び出して死にそうになっていたので、横の地面に投げてやる。もう少し進んだところにもう1匹いたのだが、既に死んでいた。

13:43

坂になっている道をなんとか登り、六角牛神社へ。お祭りでもあったのか、境内にコンロやらピール瓶の入れものやらが置いてあった。神社の修復に出した費用一覧みたいな立て札を見ていて気がついたが、「菊池」という名字が非常に多い。その次に多かったのは「佐々木」で、だいたいこの二つで埋まっている。
このまま六角牛登山口へ向かうかどうか迷ったが、登山口まで行き、頂上まで行かずに山の裾をぐるりと回っていったところに薬師堂や熊野神社があるらしいので、そこへ向かうことにする。
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14:??

かなり後悔している。完全に山道で、一応車が1.5台くらい通れる幅を砂利で舗装してあるのだが、自転車を押して登るのも、そもそも歩いて登るのも間違いだったように思う。麓の神社から登山口まで0.3kmとあったように思ったが、どうやら3kmの間違いだったようで、その地図の写真を撮るのも忘れていたため、ところどころ「第二鳥居跡」だとか「水呑み場」など書いてある棒が立っている(この棒はかなり細いため見落としてしまう)のだが、今いったいどこを歩いているのか分からない。

14:54

登山口に到着。ここまで来るのが既に登山になっているのではなかろうか、と思ったが常人はここまで車で来るのである、と思い直した。割と我慢が出来なかったので、六角牛山の神に謝りながら、看板の横で小便をする。
登山口はこちら、とあったが、道がかなり狭かった(人が一人通れるくらいで、両脇から背の高い草が道に向かって飛び出している)のと、麓の神社のところに「熊に注意♪」という看板があったのとで、登らずに薬師堂・熊野神社方面へ行くことにする。

15:20

あぁなぜあのまま戻らなかったのか。登山口からしばらくは下りだったのだが、しばらくするとまた登りになっており、わりと絶望している。自転車を押しているのがかなり堪える。しばらく行くとまた下りになっており、登ったり下ったりを繰り返す。下り道が見えると「お、お、これは良い香りが!」、下りが終わって登りになると「む、嫌な予感だ……」などと声に出していた。

15:36

落石注意の看板が多くなってきた。たまに坂のところで岩がいくつも転がっており、いかにも落石していたであろう場所がいくつかある。

15:39

どれくらい効果があるのか分からないが、一応熊避けとして自転車の籠に空になったペットボトルを何本も入れている。こうすると、砂利道を歩いているときも下りで走っているときもかなり大きい音がする。昨日も書いたが、一応遠野の熊はまだ臆病な方で人間に気付くと先に逃げる「らしい」ので、そうしている。
そうして走っていると前の道を鹿が逃げていった。今日の鹿は角が無かった。
もうちょっと下っていったところでは、今度は狐が道を走っていた。横が急斜面なためかなかなか道の横に逃げられず、しばらく僕のちょっと前を走っていた。やっと脇に避けられて、横を通るときに「すまんのう」と声をかけておいた。
ちなみにこういう所をかれこれ2時間ほどずっと歩いたり走ったりしてる。
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15:51

しばらくずっと下っていると、遂に目の前が開け国道っぽい道路へ!!!はー死ぬかと思った。
……あれ、薬師堂は?

そのままGPSを駆使して自分の居場所を調べると、なんと薬師堂よりもかなり南西の場所に出ていた。途中にあった「六角牛山登山口」と書いてあった別の登山口だろうと思いまっすぐ来た時以外に分かれ道は無く、かなり不思議がっていた。山の神かなにかが割と疲れ果てていたのを見かねて外に出してくれたのかもしれない。

登山口まではずっと登りだったのでそれよりは幾分ましだったのかもしれない。しかし道がかなり獣の通りそうなところだった。薬師堂(とその近くにあるはずだった水呑み場)へ行きたかったが道がまったく分からないし、今の山道を戻るつもりは毛頭ないので、青笹の方へ戻ることにする。

16:29

駒形神社。昨日行った駒形神社と字は同じだが違う神社である。石が転がっていたりトラクターのような機具がそのまま置かれていたりとわりと荒れている感じである。ここは一説に、源頼朝に討たれた義経が落ちのびていたときに、愛馬であった馬がここで亡くなり、その馬を祀ってあるということである。
日が傾いてきている。このまま北へ向かい、遠野市街に戻ろうと思う。

16:59

荒川神社へ。と言っても(後で分かるが)ぱっと見た感じどこにも神社はない。唯一看板のある右後ろの田んぼの中に小屋のようなものが建っており、他になにもなかったためそれを神社だとして拝む。
ちなみになぜか青笹はだいたいどこにいても4GMAXで電波が飛んでくる。
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17:38

遠野市街へ戻っている。鉄道の横の道をずっと通ってきたのだけれど、途中にあった踏切から住宅街のようなところを通ると遠野市街へ戻れるようなので、このまま広い国道を通って帰ってもおもしろくないのでそちらを通ることにする。

17:45

住宅街の端っこに稲荷神社をみつける。鳥居の文字では稲荷神社の部分しか読めなかったが、中の祠には「欠ノ上稲荷神社」と書いてあった。変わった名前だなぁ。
ちなみにずっと自転車に乗っているせいか、お尻がものすごく痛い。これは自転車とパンツに後ろを開発されているのだろうか。
日がかなり沈みかけていて、石上山の後ろにいってしまった。しかし遠野市街、目標とする駅周辺まではもうすぐなので大丈夫であると思われる。
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17:56

遠野小学校の隣を通る。サッカーをしている少年が3人いて、不審そうにこちらを見てくる。まぁ不審だわな。

17:59

我らがとぴあに辿りつく。遠野では18時にどこからか流れてくる曲があり、ちょうど流れてきたのでとぴあの入口で机を前にして椅子に座っていたおじいさんとおばあさんに聞いてみる。

18:00~18:39

おじいさんおばあさんとの話が盛り上がり、Twitter には20分と書いていたが、だいたい40分ほど話をしていた。
ここで流れてくる曲は「星屑の町」という曲で、昔遠野に来たなんとかいう作曲家(名前は忘れたと言っておられた)が、寒いけれども綺麗な星空が見えると言って遠野のために書いた曲らしい。いい話だ。
回ったところを訊かれ、順々に答えていた。途中、『遠野物語』を持って回ってもらうとまた良いものがあると思いますよ、と言われ、あぁ今持っています、これを何度も読んで出てくる場所に行きたいと思って来ました、というと、おぉ予習して来るとはえらい、と褒められて、その場にあったおかしを袋ごとあげるわ~と言われ頂いてしまった。
是非とも遠野博物館と資料館に行ってほしいと言われた。本来(?)ならば先に行っておいた方が、遠野の地形や何があるかを頭に入れやすいらしい。明日も一日潰れる予定なので、9日の午前中に行くしかないですねぇ、あ、そもそも明日は月曜日だから休館日だわ、などと話す。あと語り部の話も聞いてほしいそうだ。当たり外れがあるけどねwとのこと。

最後、明日早池峰神社(ここにはまだ行っていない)でお祭があるから、厳しいだろうけどもし来れたら来てほしいと言われたので、行けたら行くことにする。しかし行けるかな……

とぴあで安くなっているお惣菜を買うが、18時台だと割引額が19時台よりも低かった。

そのまま宿に帰り、先に風呂に入ってご飯を食べた。お風呂に入っているときに気がついたが、右足首のところが赤く腫れていた。そういえば山中で一瞬右足首がちくっとした箇所である。何かに噛まれたのだろうか。お茶を呑みながらこの日記を書く。あいかわらずロビーで書いていると、宿の女将さんのたぶんお母さんであろうおばあさんがおーいお茶の冷たい缶をくれた。優しい人多い気がする。


明日は最終日。北・東と行ったので、今度は綾織・宮守の方へ行こうと思う。と、とぴあ前の二人に言うと、かなりきつい峠だからしんどいよ~って言われた。自転車じゃ無理かもとのことだったけれど、この二日これだけ回った君なら行けるかもねぇとのこと。ふぇえ。

早池峰神社は自転車だとまぁ絶対無理なので、行けるならバスで行こうと思う。だいたい宿を朝7時くらいに出て、かなりぐるぐる回って12時間かけて帰ってきてるんだけど、明日はわりとサクサク回って17時には遠野に帰っておきたい。とすると出る時間を早めるしかなくて、たぶん4時くらいに宿を出たらそっから12時間でも16時なのでいけるかなぁ……。

ん、早池峰神社のお祭りからどうやって帰ってくるんだろ……?

4時に出るには22時には寝てないといけないなーって感じで、今書いてるの21:50だったんだけど、宿の女将さんが出てきて明日朝チェックアウトはどうしましょうと言われた。あれっ明日も泊まる……あっ!!2泊3日にしてた!!!あああああ~~~~。
ちょっとお話して、明日は満室なのでどうしようもないとのこと。頑張っておられるのでお茶でもどうぞと言って自販機のお茶を奢ってくれた。優しい人多すぎ2nd.荷物がアレなので、それだけでも預かっておきますよ、と言ってくれて、非常にありがたみながらお願いすることに。さすがにリュックを抱えて峠は登れない。

って書いてたら22時なので寝ます。おやすみなさい。起きられるかな。